サッカー選手を目指した青年が、ある日教会で出会った美人の娘にひとめぼれ。青年と娘はやがて夫婦になり、ふたりの子どもを授かりました。つつましく暮らすどこにでもある家族ですが、他とちょっと違うのは、夫婦は耳が聴こえず、その子どもたちは聴こえるということ。
泣き声が聴こえず、片時も目をはなせない育児は大変な苦労でした。子どもたちには、幼いころから手話通訳をさせたり、理不尽な差別に悩ませてしまいましたが、夫婦は子どもたちを明るく愛情いっぱいに育てました。早く大人になろうとした自立心あふれる姉と弟のきょうだいは、20代になり、親から離れる時期を迎えています。外の世界を知ることで、音のない世界と音であふれる世界のはざまにいる自分たちを徐々に受け入れてきました。耳の聴こえない両親への心配は絶えませんが、自分の将来について、それどころではありません。
聴こえない人たちは、ときに手をたたく代わりに手のひらを高くあげてひらひらときらめかせます。それは、もうひとつの世界へといざなう音のない拍手なのです。
耳の聴こえない父母の日常を、娘の目線からつつましく切り取ったこの作品は、2015年に韓国国内でロードショー公開され、山形国際ドキュメンタリー映画祭2015「アジア千波万波」部門で特別賞を受賞するなど、多くの観客にあたたかい感動とともに迎えられました。
監督のイギル・ボラは、韓国国立芸術大学でドキュメンタリーをまなんだ27歳の才媛で、本作が劇場公開デビュー作。繊細な語り口で自身の家族を見つめる視線はやわらかく、「コーダ」(CODA:Chirdren of Deaf Adults)としての葛藤も交えながら、聴こえない人たちの日常をこれまでにない親密な距離でつむいでゆきます。この映画は、大人になった娘が、両親から受け取ったたくさんのものへ、まるでプレゼントを返すように撮られたドキュメンタリーです。
母|ギョンヒ
「20歳を過ぎたのに、まだお乳をあげなきゃならないの? ダメ。終わり。独立させなきゃ」
エキゾチックなルックスで一時、マドンナとなる。
クールな性格で現実的な母
駆けっこに才能があった少女。ロシアのダンサーのようなエキゾチックな美貌で、あまたの男たちを虜にしてきた。教師になることを夢見ていたが、障がい者は先生になれないと言われ、ミシン縫製工にならなければならなかった。そんな中、ソウルのとある教会で出会ったサングクが恋煩いにかかったという知らせを聞いて心を開き、彼と夫婦の縁を結ぶ。今は2人の子どもの母。 音を聞くことはできないが、子どもたちを立派に育てたいと思った母は、泣き声が聞こえないため、目を凝らしたまま徹夜して乳を飲ませた。だから、暗い夜がいつも怖かった。 ネギを刻む瞬間も、おむつを洗濯しながらも目を離せなかった母は、厳しい親心で子どもたちを世界の外に送り出す。